20090606チャットログ。
1人羽根祭。
あらゆる意味でイロモノ。
いわゆるパラレル。

がらがらと、地面を蹴る音が後ろから聞こえた。
「フリオニール!!」
変声期は過ぎただろう、でも、高い目の声が誰かの名を呼んだ。
いいや、誰か、ではない。
間違いなく目の前の、彼の名前だろう。
足音はただこちらを目指しているし、何よりも、今ここで名前を呼ばれる事のできる存在は、彼しか残っていないのだから。
フリオニール。
その名前すら知らなかった。
たった一度だけ偶然に顔を合わせて、喉の乾いていたぼくに水をくれただけだ。
背中に背負っている真っ赤な機械や羽根なんて、見えていないんじゃないかと思えるくらい穏やかに。
それがどれだけ嬉しかったか、誰に理解できるだろう。
気がついたら背中に羽根を背負わされ、戦場に投げ出され、両手で余るほどの世界を壊してきた僕。
こう、した、国の人間でさえ僕を忌諱と奇異と、それからほんの少しの同情の目でしか見ないというのに。
躊躇いもなく水筒を差し出して、屈託なく話をしてくれたのだ。
僕が―――背中の羽根が示すように―――何、であるかを知りつつだ。
酔狂でもいい。
そこが戦場ではなかった事からの気紛れからでだってよかった。
僕に、普通の人間として接してくれた。
そのことに、ラボに戻ってから泣いただなんて、誰が知るだろう。
僕はまだ人間だ。
人間だ。
そう思って歓喜したのだ。
頭が金と黒のまだらな―――青年と言うには未だに幼さの残った―――少年が、僕の横をすり抜けていった。
「フリオニール!!」
震えの分かる声で、飛び付くように彼の肩に手を掛け揺さぶった。
「フリオニール!!生きてんだろ!!なあっ!!」
両肩を掴む指先は血色が抜けて白い。どれだけ必死なのかがそれでわかる。
彼には僕の存在などどうでもいいのだ。重要なのは、フリオニールが生きているかどうか、それだけ。
「フリオニール!なあフリオニール!!」
上擦りで叫ばれる名前。
ああ、その名前を呼ぶ権利は、僕にはないのだ。
喉をすり抜けて気管を擦る、甘ったるい、粘りつくような空気。
これが絶望とか、失望とか呼ばれる感覚であるならば―――
―――僕の今まで感じた悲しみなど、どれほどのものでもないだろう。
「あーあ、シールドもろくに張れないポンコツの世話を、どーして俺がしてるんスかねー」
「ごめん、ティーダ」
「済まん。おれが動けないからだな」
「冗ー談だってのに!どうしてこう頭が固いかなーもー」
「いや、でもだって、悪いと思ってるから」
「フリオニールがいいって言ったんだからいいの!フリオニールはまだ動けないからいいの!!」
「すまない。ありがとうティーダ」
「またそうやって笑う。セシルの事だってそうやって誑かしたんだろ」
「誑かしてはいない」
「誑かされたんじゃないよ、僕が」
「もーういいです」
抗菌剤と体液のスペアのない外界―――ラボ以外―――は、言ってしまえば死を待つだけの地獄だ。
更にいうなら、消耗品の火器や熱兵器のない兵器など、ただのスクラップ以下だ。手間がかかる分。
僕はありったけの薬と体液パックを持って(盗んで)ラボを抜けた。
僕を止められる物体は、理論上この世界には存在しない。だから脱走というよりは単純な外出のように、外に出た。
僕自身に使用する消耗品に作り置きは効かない。最大で一月分のストックしかない。そして兵器の類を全て置いて行った。
僕を手放した所で、だから、ろくな脅威にもならないと判断したんだろう。兄弟機も何体か生存している。
問題があるとすれば開発費くらいなものだろう。僕の気にするべき所ではないから、知らないけれど。
本来であるならば、誰か1人くらいは止めに入ったりするべきシーンに、一人の送迎者も迎えずに僕は、地獄へと飛んだ。
絶望と悲嘆に打ちのめされて、それでも僕はラボに帰るしかなかった。
フリオニールは、彼を迎えに来た少年に担がれて、東の方に消えて行った。
少年の名前を聞く事はできなかった。
出来るはずなどないではないか。
天国と思しき淡いクリームの壁の部屋で、僕は頭を抱えてただ泣いた。
僕を人間として生かしてくれた人を、僕はこの手に掛けたのだ。しかも、その存在のあることさえも知らずに、無造作に。
気がついたらコードの海に沈んでいて、メンテナンス終了まであと5時間、と、オペレータの声が鼓膜を叩いた。
フリオニールが寄りかかっていた瓦礫の脇に、水筒を見つけたのはそれから一月後の出撃の帰りだった。
中には水が入っていた。
腐ってはいない、普通の水。
少しだけ温んでいた。
フリオニールが生きている事を、それで知った。
朝に水筒を置き、夜にそれを交換し、また朝に別なものと取り替える。
それをしていたティーダに連れられて、僕は、フリオニールとティーダの家にやって来た。
包帯を至る所に巻きつけた、けれどもしっかりと生きている姿で、フリオニールはベッドに横になっていた。
涙が出るとか何か叫んだとか、そんな事はなかった。
ただただ突っ立っているだけの僕に、ティーダが、その羽根でドアが閉まんないから、もうちょっと中入ってくれる?と言った。
設えの悪い音を立ててドアが閉まり、ティーダの足音が遠ざかる。
「済まないが」
フリオニールが叫ぶように言った。
「もう少し近くに来てもらえないか?耳がまだ遠いんだ」
ティーダに送られて、僕は水筒のあった瓦礫に戻った。
この水筒の水は飲んでいいって。毎日取り替えろってフリオニールが言うからさ。セシル、水がいるんだろ?その羽根とかに。
俺、フリオニールをあんなにしたあんたを許してる訳じゃないけど、フリオニールがもういいって言うから、取り敢えず何もしないよ。
バッツって、超強いのが俺らんとこにいるんだけどさ、バッツにも黙っとく。
その羽根毟ればあんた死ぬんだってな。
何でそんなこと知ってんだろうな、フリオニール。あ、ティナも知ってたよなー。
バッツが本気出したら、その羽根ヤバいかもしんないからさ。
ま、どうでもいいけどさ、セシル、あんたさ、人間なんだろ?
「うん」
だよなあ。
「人間に見える?」
違った?
「いや、人間だけど、僕を人間だって言う人、あんまりいないからさ」
そーなの?
「うん」
こんだけスラスラ喋れるんだからさ、人間だと思う。あとやっぱ、うん、人間にしか見えねえもん。見た目ね。
「そっか」
うん。
「ありがとうね、ティーダ」
何がっスか?
「たまに、遊びに来てもいいかな」
…ダメじゃねえかな。バッツに見つかったら多分一発でアウトだし、あ、フリオニールが話……は、あー、無理だよなー。バッツは頭いいから、分かってくれっとは思うんだけど…クラウドもうっせーし…と、あ、まあそれもあるんだけどさ。
だってセシル、俺たちの敵だろ?王国の兵士だろ?
だからどっちにしたってダメっスよ。
「そっか」
この辺はもう、全部崩れちゃったから、セシルがここに来るって事はないだろ?あと来るとしたら、歩兵とか三下だよなー。
そのへんのとドンパチするしさ。
「うん」
だからおしまい!な!俺が言うのもおかしいんだろうけどさ、セシルはセシルんとこに戻れよ。
「うん」
セシル。
「うん」
フリオニールがさ、あ、用意してんのは俺だけどさ、水置いとくからさ。
それ飲んで、王国で整備されてさ。……だからさ。
「うん。大丈夫。分かってるから、ティーダ」
ごめん。
「フリオニールに、ありがとうって、言っておいてね。あと、水はもういいよ。危ないから」
うん、いや、でも、いい。置いとく。できるだけ。
「ありがとうね、ティーダ」
ティーダは17歳だと言っていた。それにしては成長の遅れが感じられるのは、単純に食べていないからだろう。
頭半分以上も低いティーダに両腕を伸ばして、頭をギュっと抱えた。
こんな風に、じんわりと暖かい物体に触れた最後はいつだっただろう。忘れてしまうくらいに昔だったように思う。
すぐに離して、僕はラボに戻った。
頭で考えていた事は―――
―――僕は、ここを出たら、どれくらい生きていられるだろう。
答えは簡単だ。計算する必要もないくらいに。
約1月。たったの1月。―――でもそれで、それだけ、僕を人間としてだけ見てくれる人たちが死なないようになるなら。
僕はこの、『天国』を捨てよう。
羽根は収納可能でもよかったんですが、隠す必要がないならそのまんまでもいいかなと。
あとは質量保存の法則。
フリオニール宅はぎゅうぎゅうになったという。
これは多分この後ちょっと裏っぽくなる気がします。