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賛否よりは否の方が圧倒的多数であると思いつつの中盤でした。
私は、ジェクトから、ティーダへの愛情というものがあったとして、
でもそれを今1つ認識できませんでした。

私個人の認識では、
血族であること、それの重要性というものを、
こと『家族』という枠組のためのファクターとしてならば、
とても低いものと認識しています。
フラワーショップしかり、パティシエしかり、
彼らは必ず『血族ではない』家族として描いています。
血族であることが、家族『であるべき』要因のひとつとはそれほど考えていないからです。

フリオニール:セシル=被略奪者:略奪者
という構図があるように、
フリオニール:セシル・ティーダ(ジェクト)=血族の呪縛のなし・ある
という、そんな風にも見ています。
後者の場合は自然発生的なものではなく、
『ある』は敢えて自ら作りだし、はまっているように見えます。
いわゆるパフォーマンス的な。

だから『血縁がなんですか』とか言われたら、
ジェクトは焦ると思ったんですね。




10プレイをしてティーダから感じたジェクトへのあれやこれやは、
コンプレックスの類ではなく、
もっと原始的な、生存本能に基づく危機感でした。
コンプレックス的なものであればマザー…というよりはエディプスかもしれない。
父子の、息子の成長のための壁、という、そういうのは感じませんでしたね。
そっちが目論見だったんでしょうけど、
もちろんそういう意気は感じるんですけど、
それぞれ(メーカー・私・ティーダ・ジェクト)の視線が食い違ってる感じ。
がしました。